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広島高等裁判所岡山支部 平成7年(ネ)176号 判決

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院東三二九四番地の一

控訴人

かも川株式会社

右代表者代表取締役

虫明茂松

右訴訟代理人弁護士

小林淳郎

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中二九六五番地

被控訴人

岡山手延素麺株式会社

右代表者代表取締役

横山順二

右訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

田中克幸

山川明徳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」と同一であるからこれを引用する。

一  原判決二枚目表四行目から同三枚目裏八行目までを以下のとおり改める。

「一 当事者の営業

被控訴人と控訴人は、いずれも麺類の製造販売等を目的とする株式会社である(争いがない)。

二  被控訴人の権利(商標法関係)

1  旧々商標権

被控訴人は、次の商標権(以下「旧々商標権」といい、その登録商標を「旧々登録商標」という。)を有している(乙五六、弁論の全趣旨)。

出願日 昭和四〇年四月二四日

商品の区分 第三二類

指定商品 うどんめん、そうめん、そばめん

登録日 昭和四六年六月一五日

更新登録日 昭和五七年四月三〇日

平成三年九月二七日

登録番号 第九〇一九二八号

登録商標 当判決添付別紙第一目録記載のとおり

2  旧商標権

被控訴人は、旧々商標権について、次の連合商標権(以下「旧商標権」といい、その登録商標を「旧登録商標」という。)を有していたが、平成元年三月二三日存続期間が満了し、平成二年七月五日抹消登録が経由された(甲八、九)。

出願日 昭和四九年五月一三日

商品の区分 第三二類

指定商品 そうめん

登録日 昭和五四年三月二三日

登録番号 第一三七五四九一号

登録商標 原判決添付別紙第四目録記載のとおり

3  被控訴人商標権

被控訴人は、次の商標権(以下「被控訴人商標権」といい、その登録商標を「被控訴人登録商標」という。)を有している(甲一、二)。

出願日 平成元年三月二〇日

商品の区分 第三二類

指定商品 加工食料品、その他本類に属する商品

登録日 平成六年一月三一日

登録番号 第二六二〇四〇三号

登録商標 原判決添付別紙第二目録記載のとおり

三  控訴人の権利

控訴人は、次の商標権(以下「控訴人商標権」といい、その登録商標を「控訴人登録商標」という。)を有している(乙三、四)。

出願日 平成元年一月一一日

商品の区分 第三二類

指定商品 うどんめん、そうめん、そばめん、中華そばめん、その他本類に属する商品

登録日 平成四年四月三〇日

登録番号 第二四〇四七三八号

登録商標 原判決添付別紙第五目録記載のとおり

四  被控訴人商品の製造販売と包装態様(不正競争防止法関係)

被控訴人は、昭和四〇年頃からその製造販売にかかる素麺(以下「被控訴人商品」という。)の包装に被控訴人登録商標を多少修正変更した原判決添付別紙第三目録記載の標章(以下「被控訴人商標」という。)を付し、これを岡山県、広島県及び愛媛県において販売している(甲三、乙二、弁論の全趣旨)。

五  控訴人商品の製造販売と包装態様

控訴人は、昭和五八年頃から平成五年一二月頃までの間、その製造販売にかかる素麺(以下「控訴人商品」という。)の包装に被控訴人商標と同一の商標を付していたが、同月一四日、岡山地方裁判所倉敷支部において、被控訴人の申立により、控訴人は、当判決添付別紙第二目録記載の標章(被控訴人商標のうち「かも川」の文字を抽出した部分)を素麺の包装に付し、又はこれを付した包装による素麺を販売若しくは販売のために展示してはならない旨の仮処分決定があった。そのため、控訴人は、平成六年二月頃から、業として、控訴人商品の包装に原判決添付別紙第一目録記載の標章(以下「控訴人商標」という。)を付し、これを岡山県、広島県及び愛媛県において販売し若しくは販売のために展示している(甲六、乙一、二、弁論の全趣旨)。

六  被控訴人商標の周知性の獲得(不正競争防止法関係)

被控訴人商品は、販売開始後売上が逐次増大し、〈1〉最近の販売実績をレギュラー商品(二五〇グラム商品)についてみると、数量ベースで平成元年が約二九三万個、平成二年が約三四三万個、平成三年が約三二九万個、平成四年が約二八七万個、平成五年が約二六三万個に達し、金額ベースで約四億六〇〇〇万円(平成五年)にのぼり、前項の地域における右期間中の被控訴人のシェア(市場占有率)は業界第一位で全体の約八〇パーセントを占め、〈2〉平成六年四月二八日発行の食品新聞臨時増刊「94全国の乾麺・つゆ特集」では、被控訴人商品が岡山県産の全国名産乾麺の一つとして紹介されるまでに至っており、以上の結果、遅くとも控訴人が控訴人商標を付した控訴人商品の販売を開始した平成六年二月頃までには、被控訴人商標は、前項の販売地域内において、素麺を取り扱う取引者又は需要者間においては被控訴人の商品であることを示す表示として広く認識されるに至り、現在においても同様である(甲三、一四、弁論の全趣旨)。

七  請求

本件請求は、被控訴人が、〈1〉控訴人商標は被控訴人登録商標に類似し、〈2〉仮にそうでないとしても、被控訴人商標は、岡山県、広島県及び愛媛県において取引者又は需要者の間に被控訴人の商品を表示するものとして広く認識されているところ(この点に関する当裁判所の認定判断は前記六のとおりである。)、控訴人商標は被控訴人商標と類似のものであり、その使用は被控訴人商品と控訴人商品との混同を生じさせていると主張して、控訴人に対し、〈1〉主位的に商標法三七条、三六条に基づき、〈2〉予備的に不正競争防止法(平成五年法律第四七号。以下同じ。)二条一項一号、三条に基づき、控訴人商標を素麺の包装に付すること又はこれを付した包装による素麺の販売若しくは販売のためにする展示の停止と侵害行為組成物たる控訴人商標を付した包装用資材(包装用紙、包装用袋を含む。)の廃棄を求めるものである。

八  争点

(商標権に基づく請求及び

1(一)【商標権に基づく請求について】

控訴人商標は被控訴人登録商標に類似するか。

(二)【不正競争防止法に基づく請求について】

控訴人商標は被控訴人商標に類似するか。

2  控訴人商標の使用は不正競争の目的によるものか。

3  控訴人商標の使用は、控訴人商品と被控訴人商品との混同を生じさせているか、被控訴人の営業上の利益を侵害しているか。

4  平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法(以下「旧不正競争防止法」という。)六条は、控訴人商標の使用行為に適用されるか、右行為は同条所定の「商標法ニ依リ権利ノ行使ト認メラルル行為」に該当するか。

(商標権に基づく請求について)

5  本訴における被控訴人登録商標の図形標章部分に関する被控訴人の主張は、特許庁における被控訴人登録商標に対する商標登録異議申立手続(申立人兵庫県手延素麺協同組合)での主張、すなわち「雲竜」は単なる地模様であり、識別機能を有しないとの主張に反するか、本訴における被控訴人の主張はいわゆる包袋禁反言の法理により許されないか。

(商標権に基づく請求及び

6(一)【商標権に基づく請求について】

控訴人は、商標法三二条一項の規定に基づき、先使用による控訴人商標を使用する権利を有するか。

(二)【不正競争防止法に基づく請求について】

控訴人は、被控訴人商標が被控訴人の商品を表示するものとして広く認識される前から、不正競争の目的でなく控訴人商標を使用しているか(不正競争防止法一一条一項三号該当の有無)。」

二 原判決三枚目裏一一行目及び同四枚目表二行目「図柄を結合させたもの」を「図形の結合商標」に、同三枚目裏末行「扇形の枠内に配し、」を「扇状の内枠内に配し、右」に、同四枚目表三行目「扇形の枠内に配し、」を「扇状の内枠内に配し、右」に、同裏五行目「扇形」を「扇状の内枠」に、同九行目「扇形」を「扇状の内枠部分」に、同五枚目表九行目「扇形」を「扇状」に、同一一行目「扇形」を「扇状の内枠の外側」に、同裏初行、同二行目、同四行目の各「扇形」を「扇状の内枠部分」に、同七枚目表六行目「扇形の枠」を「扇状の内枠」に、同四枚目表初行、同四行目、同裏五行目、同八行目、同五枚目表一〇行目、同六枚目表七行目、同八行目、同七枚目表五行目、同八行目、同末行、同九枚目表一〇行目、同裏初行、同一〇枚目表九行目、同一一枚目表六行目、同裏八行目、同九行目「図柄」を「図形」に各改め、同四枚目表六行目「取引の経験則」の前に「二つの商標が」を加え、同七行目、同五枚目表六行目、同九枚目表四行目、同裏初行、同一〇枚目表初行、同裏初行、同一二枚目裏一〇行目「呼称」を「称呼」に、同四枚目表八行目「か否かということといわれている。」を「ことを意味する。」に、同一一行目「間違える」を「とりちがえる」に各改め、同裏九行目「中央の」の前に「いずれも」を加え、同一一行目「同一の製造業者から販売されている」を「同一営業主の製造又は販売にかかる商品である」に改め、同末行「「かも川」手延素麺又はその」を削除し、同五枚目表三行目「被告標章」を「控訴人商標」に、同一〇行目、同裏五行目「紺色」を「紺ないし紫色」に、同裏初行「とし、」を「と記載し、」に、同四行目「金」を「金色」に各改め、同六枚目表二行目「製造」の次に「し」を加え、同九行目「素麺」を「控訴人商品」に、同一〇行目「原告素麺」を「被控訴人商品」に、同七枚目表四行目「ゴシック的なもの」を「ゴシック体風」に、同裏八行目「「かも川」自体」を「被控訴人商標と同一の商標」に、同九行目「「桃太郎かも川」」を「控訴人商標」に各改め、同一〇行目、一一行目「使用についての権利の」、同八枚目表八行目「が右組合の商標として周知著名であると主張したもの」を各削除し、同裏六行目「標章」を「標識」に、同九枚目表一一行目、一二行目「生じない」を「生じず」に各改め、同裏末行の次に改行のうえ、「1 控訴人商標と被控訴人登録商標の類似性」を加え、同一〇枚目表初行「1」を削除し、同初行、二行目「かも川」を「被控訴人登録商標」に、同初行、二行目「桃太郎かも川」を「控訴人登録商標」に各改め、同三行目「結合」を削除し、同四行目「とかは」を「というように」に、同六行目、七行目「原告商標」を「被控訴人登録商標」に各改め、同一〇行目の次に改行のうえ、「2 控訴人の不正競争目的」を加え、同一一行目冒頭の「2」を削除し、同行の次に改行のうえ、「3 誤認混同及び営業上の利益の侵害」を加え、同末行の「3」を削除し、同一一枚目裏三行目「桃太郎かも川」を「控訴人商標」に、同行「かも川」を「被控訴人登録商標」に各改め、同一二枚目裏九行目「登録」の前に「前記組合の」を加え、同一三枚目表一一行目「素麺を表示する」を「商品であることを示す」に改め、同裏三行目「の使用」を削除する。

第三  争点に対する判断

一  商標権に基づく請求について

1  争点1(一)(被控訴人登録商標と控訴人商標との類否)について

(一) 控訴人が製造販売する素麺(控訴人商品)が被控訴人登録商標の指定商品の範囲に属することは明らかである。

(二) 被控訴人登録商標の構成は、原判決添付別紙第二目録記載のとおりであり、縦長長方形の外枠の内部中央に扇状の白抜部分を設け、その中に「かも川」の文字を肉太の毛筆行書体で一連に大きく縦書し、その左側に「備中特産」の文字を細字の毛筆体で小さく一連に縦書し、縦長長方形の外枠と白抜部分の外周との間に一対の竜が雲中に対峙している姿を図案化した図形を描き、右図形部分の上段にリボン様の白抜部分を、更にその下段に小さな横長長方形の黒抜部分を配置したものである。

これに対し、控訴人商標の構成は、原判決添付別紙第一目録記載のとおりであり、細幅縁取りのある縦長長方形の外枠の内部中央に細幅縁取りのある扇状の白抜部分を設け、その中に「桃太郎かも川」の文字を細幅縁取りのある肉太の毛筆行書体で一連に大きく縦書し、その両脇に「登録商標」(右側)及び「風味絶佳」(左側)の各文字を細字の毛筆体で小さく縦書し、縦長長方形の外枠と白抜部分の外周との間に一対の鳳凰が雲中に対峙している姿を図案化した図形を描き、縦長長方形の外枠の上辺中央に小さなリボン様の図形を、更にその下部に小さな横長長方形の黒抜部分を配置し、リボン様の図形の中に「手延素麺」の文字を小さく一連に左横書し、横長長方形の黒抜部分の中に「極寒製」の文字を白抜で小さく一連に左横書したものである。

(三) 右(二)の被控訴人登録商標と控訴人商標の各構成に基づき、両商標の類否について判断する。

商標の類否は、当該標章が付された商品の需要者又は取引者が通常払う注意力を基準として、当該標章の全体を観察してなされるべきであるが、全体としての一体性が弱く、付加的と認められる部分等は需要者又は取引者の注意を引かないのが通常であるから、これを除外し、その要部、すなわち需要者又は取引者の注意を引きやすい部分を把握し観察した場合、両標章が相紛らわしいためこれを付した商品取引においてその商品の出所について混同を生じるおそれがあるか否かにより判断すべきである。

そこで、まず右類否判断の前提として、被控訴人と控訴人の設立以来の歴史及び業務内容、被控訴人登録商標と控訴人商標の創作経緯・使用態様・各構成部分の周知・慣用性、被控訴人商品と控訴人商品の取引状況等について検討すると、証拠(各項末尾の括弧内に掲記)によれば、次の事実が認められる。

(1) 岡山県浅口郡鴨方町は、古くから手延素麺の産地として全国的に知られ、同町内では多数の農家が手延素麺作りに携わり、製品は同町の名産品の一つとなっている。

同町内で製麺業を営んでいた控訴人の代表者である虫明茂松(以下「虫明」という。)、被控訴人の前代表者である横山明之(以下「横山」という。)、訴外かも川手延素麺株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表者である藤原寅太郎(以下「藤原」という。)及び訴外株式会社赤沢商店は、昭和三八年一月二一日、先発ブランドに対抗するため、共同して被控訴人を設立した(その後、赤沢商店所有の被控訴人の株式を他の三者が引き取り、同社の株式は虫明、横山、藤原が三分の一ずつ保有するに至った。)。

被控訴人は、その頃から地元の農家に製造委託した手延素麺に、虫明、横山及び藤原の三名が鴨方町の町名にちなんで創作した「かも川」のブランド名を付して発売し、昭和四〇年四月二四日、「かも川」の文字を肉太の毛筆行書体で一連に大きく縦書したのみの旧々登録商標について、商標登録出願をし、昭和四六年六月一五日に登録を受けるとともに、同年頃から旧々登録商標(文字標章)に前記(二)の一対の竜が雲中に対峙している姿を図案化した図形標章等を結合した被控訴人商標を使用するに至った。

(甲四、乙一一、弁論の全趣旨)

(2) 虫明、横山及び藤原の三名は、その後、共同して素麺の製造部門を担当する被控訴人の他に、昭和四七年一二月一日に、うどん、冷麦の製造部門を担当する訴外会社を、昭和五六年八月七日に素麺、うどん、冷麦の販売部門を担当する控訴人を各設立し、三社とも被控訴人商標を使用して営業し、その結果、被控訴人商標のうち「かも川」の文字標章部分は、被控訴人を中心とする企業グループの発展とともに、被控訴人及びその企業グループの商品表示としてのみならず、被控訴人とその傘下の各企業が一体となって形成していた一つの企業グループを表す名称ないしその略称としても、一般消費者によく知られるようになり、これに前記図形標章を結合した被控訴人商標全体はそのイメージシンボルとしても機能するようになった(甲四、乙一一、弁論の全趣旨)。

(3) ところが、虫明、横山及び藤原の三名は、経営上の意見対立などから、昭和五七年五月二七日に開催の訴外会社の株主総会を機に各自が独立して営業することになり、虫明が控訴人を、横山が被控訴人を、藤原が訴外会社を受け持ち、それぞれの代表者に就任したが、被控訴人も控訴人もともにその後も同一の被控訴人商標の使用を継続したため、昭和五八年頃からは市場には同じ被控訴人商標を包装用袋に付した被控訴人商品と控訴人商品が流通するようになり、この状態は、後記3(一)で認定する経緯で、控訴人が、平成五年一二月一四日に岡山地方裁判所倉敷支部の仮処分命令により、当判決添付別紙第二目録記載の標章(被控訴人商標のうち「かも川」の文字を抽出した部分)の使用を禁じられるまでの間続き、その後、控訴人は、平成六年二月頃から控訴人商品の包装用袋に控訴人商標を付して使用するに至った(甲四ないし六、乙一、二、五、一一、弁論の全趣旨)。

(4) 被控訴人登録商標は、旧登録商標が更新手続を懈怠し存続期間が満了したため、旧登録商標から手延素麺及び極寒製の文字を除き、若干の修正を施した(「備中特産」の「備」を旧字から当用漢字に改めた。)標章について出願し登録されたものである(甲三、弁論の全趣旨)。

(5) 被控訴人商品と控訴人商品は、ともにスーパーマーケット等の小売店で店頭販売されているが、被控訴人商品の岡山県下のシェア(市場占有率)は約八〇パーセントに達しており、新聞の折込チラシ等では控訴人商品の商品名の「桃太郎」の部分の記載を省略して「かも川そうめん」と表示し、或いは「桃太郎」の部分を小さく記載して「桃太郎かも川そうめん」と表示して宣伝広告されている場合もある(甲一〇ないし一三、乙二、五、弁論の全趣旨)。

(6) 桃太郎は、有名な昔話又はその主人公を意味する語であり、被控訴人登録商標の商品の区分(第三二類)に属する商品若しくは指定商品に属する麺類についても、全国的に「桃太郎」又は「ももたろう」の文字標章とこれを図案化した図形標章をその構成の全部又は一部として採り入れた商標が多数出願登録されている(乙六一ないし七五、弁論の全趣旨)。

(7) 包装用袋や包装箱、包装紙等の包装用資材の表面に記載された商品名に付加して一対の竜が雲中に対峙している姿を図案化した図形を描く構成は、ラーメンやギョウザ、シュウマイ等の中国伝来の食品のみならず、素麺や冷麦等の乾麺類商品でも周知・慣用されており、また、商標中央の白抜部分の中に商品名を毛筆書体で大書する構成も、素麺や冷麦等の乾麺類の包装用袋等でも周知・慣用されている(乙二〇ないし四六、五五)。

(四) そこで、右(三)に認定の事実関係のもとにおいて、被控訴人登録商標と控訴人商標との類否について判断する。

前記(二)の被控訴人登録商標と控訴人商標の構成のうち、これを見たり聞いたりする者の注意を引きやすい部分、つまり、要部について考察すると、前記(三)(7)で認定した事実によれば、商品名の周囲に一対の竜(被控訴人登録商標)又は鳳凰(控訴人商標)が雲中に対峙している姿を図案化した図形を描いている部分及び白抜部分はいずれも慣用されている周知の構成か、そのバリエーションの一つにすぎないありふれたものであって、それ自体では格別特異なものではないし、その余のリボン様の白抜部分と長方形の黒抜部分(被控訴人登録商標)及びリボン様の図形部分と長方形の黒抜部分(控訴人商標)並びに「備中特産」(被控訴人登録商標)及び「登録商標」、「風味絶佳」、「手延素麺」、「極寒製」(控訴人商標)の各文字部分は、いずれもその全体に占める割合等の構成態様から考えて、全体としての一体性が弱く、見る者の注意を引かないから、自他商品の識別機能を有しない付加的装飾部分というべきである。

そして、前記(三)(1)ないし(5)で認定した事実から推認される被控訴人と控訴人の主観的意図からみても、また、見易い位置に見易い形状で大きく「かも川」又は「桃太郎かも川」の文字を表示した客観的機能からみても、被控訴人登録商標と控訴人商標は内容物たる素麺の商品名を表示したものといわねばならない。

したがって、被控訴人登録商標と控訴人商標の要部は、右付加的装飾部分を除いた「かも川」(被控訴人登録商標)、「桃太郎かも川」(控訴人商標)の各文字部分にあるものと解するのが相当であり、前記(三)(6)に認定した「桃太郎」又は「ももたろう」の文字標章とこれを図案化した図形標章の一般取引社会における商標としての使用態様に照らして考えると、控訴人商標の一部をなす「桃太郎」の語は修飾的区別用語の域を出ないものというべきである(岡山県下においては、「桃太郎」と同県の結びつきを特に意識する傾向が窺えないではなく、この語を冠した食料品等も見受けられるが、商標が全国規模で流通する商品に付され、その法的保護も全国規模で受けることを考えると、右のような事情があるからといって、控訴人商標のうち「桃太郎」の文字部分が「岡山県産の食料品」を意味するという見解は首肯することができない。)。

そうすると、両商標は、その各要部である「かも川」の文字部分は、もとより同一の称呼(「カモガワ」又は「カモカワ」)を生じる。そして、被控訴人登録商標の右要部に前記周知・慣用の図形標章を結合した構成からなる被控訴人商標は被控訴人の商品表示として既に一般需要者の間に広く認識されているから、「カモガワ」又は「カモカワ」の称呼を聞いた者は、少なくとも被控訴人商品の製造・販売主体としての特定の企業(営業主体)を想起し、観念するものと認められる。

したがって、控訴人商標の要部である「かも川」の文字部分は、被控訴人登録商標と外観、称呼、観念において同一であり、両商標が全体として類似することは明らかであって、これを被控訴人商品と同一又は類似の商品に使用すると相紛れ、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるといわなければならない。

(五) 控訴人は、控訴人商標は、「桃太郎」と「かも川」が結合してなる一連一体の「桃太郎かも川」商標であって、被控訴人登録商標とは外観、観念、称呼ともに全く異なり非類似であると主張する。

しかしながら、控訴人商標のうち「桃太郎かも川」の文字部分は、「桃太郎」部分と「かも川」部分を区別することなく、同じ大きさの同一形態の文字で一体的に表記したものであるが、前記(三)(6)で認定したとおり、「桃太郎」の語は、昔話又はその主人公を意味する言葉として一般消費者の間に周知であり、「かも川」の語も、控訴人商標の実際の使用態様や経過を捨象して文字標章それ自体としてみる限り、単に地名ないし河川名としての固有名詞を連想させる言葉にすぎず、両語間に特に意味上の関連性を感得し得ないから、「桃太郎かも川」は、語義においても構成においても、すべてが一体として結合してのみ控訴人商標に独自の識別性が生ずる不可分一体のものと解さなければならない必然性はないものと考えられる。

したがって、一般の需要者においてこれを呼ぶ場合にも、それがやや冗長であることと、前半部分の「桃太郎」の語は、商品とは本来直接関連性のない語であり、固有名詞ではあるけれども、実際には商標使用の場合も含めて余りにも人口に膾炙し過ぎて、かえってその語義が希釈化され、一種普通名称化しているのに対し、後半部分の「かも川」の語は、被控訴人商標が岡山県、広島県及び愛媛県内で被控訴人の商品表示として既に周知性を獲得していることから、単なる地名や河川名の固有名詞の連想作用の域を超え、具体的な商品としての被控訴人商品の連想作用の方が大きく働き、一般需要者の注意が「かも川」の部分に集中し、その結果、簡易迅速を旨とする商取引の実際においては、取引上、「桃太郎」の文字部分を省略し、これを除いた「かも川」とのみ簡略化して称呼する蓋然性があるものと考えるのが経験則に照らし相当である(控訴人商品の包装用袋〔乙一〕でも、自己の商品を「桃太郎」部分を省略して「かも川」又は「かも川素麺」と記載している。)。そして、このように被控訴人登録商標と控訴人商標が「かも川」の文字及び「カモガワ」又は「カモカワ」の称呼において共通しており、これらが同一商品である素麺について使用されているときのことを考慮し、両商標を全体的、離隔的に対比観察すると、右商品を購入する一般需要者において両商品を誤認混同するおそれがないとはいえない。

被控訴人登録商標と控訴人商標の非類似をいう控訴人の主張はたやすく採用できない。

控訴人は、被控訴人商品と控訴人商品にはそれぞれの商標の下に製造元の会社名が明記されているから、需要者又は取引者が両商品の出所を混同することはあり得ない旨主張するが、被控訴人商標「かも川」を需要者が認識、記憶するに際しては、被控訴人の会社名の表示とともに認識、記憶する場合もあれば、「かも川」の表示のみを記憶する場合もありうるところ、被控訴人商標と控訴人商標の要部「かも川」が共通するところから、特に後者の場合には、時と所を異にして控訴人商品を見た場合には、控訴人の会社名によってそれが控訴人の商品であることを認識し得ても、それが周知の「かも川」素麺(被控訴人商品)と別個の商品であるとは判断できず、あたかもシリーズ商標又は姉妹商品として同一会社の製造、販売にかかるものと誤認混同するおそれがあり、また、前者の場合にも、同一の商品が複数の企業を出所として製造販売されていると誤認混同するおそれがあることは明らかであって、両商品がそれぞれの商標の下に製造元の会社名を併記しているからといって、直ちに誤認混同のおそれがないとすることはできない。

控訴人は、前記広告チラシには控訴人商品の写真がはっきり印刷されているし、平成七年六月、取引先に対し、広告チラシや店頭表示に製造元の控訴人の会社名とブランド名の「桃太郎かも川」を明記するよう求めた通知書を発したから、需要者又は取引者が両商品を混同することはない旨主張するが、右チラシの中には写真がないもの(甲一二)や、写真があっても微細で判読が困難なもの(甲一三)もあり、一般の需要者がそのような微細な点にまで細心の注意を払って購入商品を選択するものとは必ずしも考えられないし、日常的に多種多量の商品を取り扱う多数の小売店舗のすべてにおいて控訴人の要請が直ちに励行されるものとは考えられないから、控訴人主張の点は前記認定判断を左右するに至らない。

控訴人は、被控訴人と控訴人は、昭和五八年頃から平成五年頃までの約一〇年もの長期間にわたって同じ被控訴人商標を使用してきたにもかかわらず、被控訴人商品と控訴人商品がその出所について誤認混同を生じた例はなかった旨主張するが(右主張は不正競争防止法に基づく請求に関するものであるが、弁論の全趣旨に徴すれば、商標権に基づく請求についても同様の主張をする趣旨と認められる。)、かかる事実を認めるに足る証拠はない。

なお、控訴人は、控訴人商標の使用をもって控訴人商標権の正当かつ適法な権利の行使であるかのようにも主張するが、控訴人商標は、控訴人登録商標と同一とはいえず、せいぜいこれに類似するものにすぎない。しかるところ、登録商標権者が登録商標に類似するにすぎない標章を使用する行為は、旧不正競争防止法六条にいう「商標法ニ依リ権利ノ行使ト認メラルル行為」には該当しないと解され、商標権者の使用権能(積極的効力)は類似商標には及ばないことは、商標法二五条の規定と意匠法二三条の規定とを対比すれば明らかであり、控訴人商標の使用をもって控訴人商標権の権利行使の範囲内と解することはできないから、控訴人の主張はいずれにしても失当という外ない。

(六) そうすると、控訴人商標を控訴人商品の包装に付して使用している控訴人の行為は、被控訴人登録商標に類似する商標を被控訴人登録商標の指定商品について使用する行為にあたり、被控訴人には商標法三六条に基づいてその侵害行為の停止及び侵害組成物である原判決主文二項掲記の物品の廃棄請求権があるものというべきである。

2  争点5(包袋禁反言の法理の適用の有無)について

控訴人は、包袋禁反言の法理はすべての法解釈にあてはまる禁反言の原則に由来するものであって、特許発明又は考案の技術的範囲を確定する場合にとどまらず、商標法を含むあらゆる法分野で適用されるべき法原則であるところ、本訴における被控訴人登録商標の図形標章部分に関する被控訴人の主張は、特許庁における被控訴人登録商標に対する商標登録異議申立手続(申立人兵庫県手延素麺協同組合)での主張(乙一六)、すなわち「雲竜」は単なる地模様であり、識別機能を有しないとの主張に反し、いわゆる包袋禁反言の法理により許されない旨主張する。

しかしながら、商標法が一定の商標を使用した商品の出所の同一性を確保し、流通秩序を維持することにより商品の出所の混同防止を目的とするものである以上、商標の類否判断に当たっては、当該商標と特定の他人の登録商標との対比においてのみ決定されるべきであり、当該登録商標の出願経過を参酌し、そのことによって類否の判断を異にすべき余地はないものといわざるを得ないし、乙第五八号証(登録異議の申立てについての決定)を参酌しても、被控訴人が特許庁審査官に対し自らの権利範囲について限定的な縮小解釈を呈示し、それが特許庁審査官に受け入れられた結果、被控訴人登録商標について登録査定を受けたなど、被控訴人の本訴主張をもって特に信義則に反するものとし、その権利行使を制限ないし拒絶すべき特段の事情も見いだし難いから、控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当という外ない。

3  争点6(一)(控訴人は、商標法三二条一項の規定に基づき、先使用による控訴人商標を使用する権利を有するか)について

控訴人は、先使用による控訴人商標を使用する権利を有するから、控訴人が控訴人商品に控訴人商標を使用する行為は、被控訴人登録商標権の侵害を構成しない旨主張するので検討する。

(一) 証拠(甲四ないし六、七の1・2、一〇、一六ないし一八、乙一一、控訴人代表者本人、被控訴人代表者本人)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被控訴人、控訴人及び訴外会社は、旧々登録商標の使用に関して、昭和五七年一二月五日に「覚書」と題する書面(以下「本件覚書」という。)を、昭和五八年二月二一日に「商標権使用に関する契約書」と題する書面(以下「本件商標権使用契約書」という。)を、同年三月二八日に「商標権使用に関する契約公正証書」と題する公正証書(以下「本件公正証書」という。)を各作成し、同年八月九日に三社の販売先、販売商品、流通ルート等についての詳細を取決めた「本件取決事項」と題する書面を作成した。

(2) 本件商標権使用契約書及び本件公正証書の第二条には、旧々登録商標は三社の共有のものとする、第三条には、三社は、そのいずれもが営業を中止したとき、若しくは他に株式又は営業権を譲渡したときは、いかなる理由を問わず何等の通知催告を要しないで、その者との間の商標権使用契約を解除する旨の記載がある。

(3) 控訴人は、前項の各書面に基づき、昭和五八年頃から被控訴人商標と同一の商標を付した、被控訴人商品の包装用袋と外観が酷似した包装用袋(両者の相違点は、表面では、被控訴人商品の包装用袋が商標の上部に「元祖」の文字を冠し、商標の下部に「元祖」の文字と被控訴人の社名及び本店所在地を記載しているのに対し、控訴人商品の包装用袋が商標の下部に「備中手延本舗」の文字と控訴人の社名及び本店所在地を記載している点と裏面の商品説明、調理方法、栄養表示等の欄に若干の表現上の差異がある点のみである。)を使用した素麺(控訴人商品)を製造販売していた。

(4) 控訴人は、平成元年一月一一日、被控訴人に無断で控訴人登録商標について商標登録出願し、平成四年四月三〇日に登録された。

(5) 被控訴人は、平成五年三月三一日到達の内容証明郵便で控訴人に対し、本件取決事項及び本件公正証書第三条の違反を理由に旧々登録商標の使用契約を解除する旨の意思表示をした。

(6) 岡山地方裁判所倉敷支部において、平成五年一二月一四日、被控訴人の申立により、控訴人は、当判決添付別紙第二目録記載の標章(被控訴人商標のうち「かも川」の文字を抽出した部分)を素麺の包装に付し、又はこれを付した包装による素麺を販売若しくは販売のために展示してはならない旨の仮処分決定があり、控訴人は平成六年二月頃から控訴人商標を使用するに至った。

(二) 右認定事実によれば、控訴人は、旧々登録商標について権利者である被控訴人から通常使用権の設定を受けたにとどまるものであり、右通常使用権も前記解除により喪失したものというべきである(控訴人の旧々登録商標権共有の主張の理由のないこと及び前記解除が有効であることについては、当裁判所が平成八年五月三〇日に本件当事者間の当庁平成七年(ネ)第一二七号事件について言い渡した判決書に記載のとおりである。)。また、控訴人による被控訴人商標の使用については、右と異なり明確な合意はないが、かつての特殊な関係から、被控訴人と控訴人との間に被控訴人の有する商標権に基づく禁止権(商標法三七条一号)不行使の合意が黙示的に成立しており、控訴人は右合意に基づき被控訴人商標を使用していたものと推認するのが相当であるところ、前記解除により控訴人は右企業グループから確定的に離脱し、それに伴い右黙示の合意も当然に失効したものと解するのが相当である。

しかして、控訴人主張の先使用権が成立するためには、少なくとも、当該商標と同一の商標を他人の商標登録出願前から継続的に当該商品に使用し、かつ、その商標が他人の商標登録出願の際に自己の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことが必要であって、商標権者から与えられた使用権に基づく商標の使用によっては、仮にその結果当該商標に周知性が生じたとしても、先使用権を取得することはできないというべきであり、しかも、前記認定事実によれば、控訴人が控訴人商標の使用を開始したのは前記仮処分命令後のことであるから、出願前からの使用とはいえないことも明らかであって、控訴人が先使用による控訴人商標を使用する権利を有するものとは認められない。

控訴人の先使用の主張は採用できない。

4  そうすると、被控訴人の商標権に基づく請求(主位的請求)は理由があるものというべきである。

第四  結論

以上によれば、主位的請求を認容すべきであり、原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅田登美子 裁判官 小澤一郎 裁判官 上田昭典)

第一目録

〈省略〉

第二目録

〈省略〉

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